あることないこと

ドーナツの絵日記

開我的車

こんにちは、ドーナツです。

今朝は早くから家を出て「ドライブ・マイ・カー」を観に行った。濱口竜介監督の最新作。初めて監督の作品を観たのは「寝ても覚めても」だった。そのときのショックと同じように、きっと揺さぶられるだろうと思っていたので体調が良くなったところで行こうと決めた。三時間もあるし。

詳しい内容には触れませんが前情報を一切入れたくない人は読まないでください。

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濱口監督作品を観た後の、何とも言い難いショック。それが分からなくて、監督のインタビューをいくつか読んでしまう。人を見極める目や、物事を積み重ねる丁寧さに、ちょっと怖さを感じる。役者としてこの人の前に立ったら、少しの嘘も付けない気がする。脚本と演出によって様々なものが削ぎ落とされてただの人間になった役者が、画面にあるがままの自分として映っていて、その顕になった正直さが私は本当に怖い。

誰かとタクシーに乗ったとき、交わされる会話がいつもよりも濃くなった気がして、音が自分に染みるようによく響く瞬間がある。移動する密室で、時間が歪むような感覚。過去にも未来にも現在にも飛んで、様々な引き出しが開く。映画はずっとその感覚だった。ドライブ・マイ・カーは言葉ではなく音に意識をずっと集中させる。撮り方や音の演出の影響だと思うけど、ほとんど一緒に車に乗っている感覚にさせられて、なぜ私がここにいるのか分からないという気分になる。

私の浅い人生経験で、理解や共感に及んだと断言できる人物はいなかった。だけど、そもそもこの映画には共感をベースにしたメッセージなどはなかったように思うし、そういうことの先にあるものを描いていた。経験したことがないのに知っているように感じる何か。

私はまだ人間のことをよく知らない、というのが映画を観て最初に沸き起こってきた言葉だった。人間の、本当の声を聞いたことがない。本当の姿を見たことがない。できれば怖いから知りたくない。でも、自分のことすら分からないまま死んでいくの?そう思うと、そんなの嫌だと思う。

誰にでも分かったり、或いは感じ取れるもの。
言葉、表情、身体の動き、風景や静物を使った描写。それらを使って、それだけでは表すことが到底できないものを描いていくのが映画の醍醐味なのだと思う。

人間は美しいとか、醜いとか、希望とか、愛だとかいう以前に、それは本当にただの人間だということが分かっている人はどれくらいでしょう。それがつまらなくても怖いことでもなくて、それを見た時の自分を体験することが想像を超えていると、どのくらい知っているでしょう。

と、聞かれているような気がした。

 

そして石橋英子さんの音楽、本当に本当に素晴らしかった。

 

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