あることないこと

ドーナツの絵日記

彼が憧れている人の話

 

ー少し寒いですか?窓を閉めましょうか。

あ、いえ、カーテンだけ少し引いてもらって。
このへんまで。大丈夫ですか。

ーもちろんです。

ありがとうございます。

ー普段どのように過ごされていますか?ご自宅が多いでしょうか。

そうですね、今は自宅が多いです。
なんてことはないですが、朝は八時とか九時に起きて、食事をとったり家事をしたり、仕事に取り掛かったり。夜もまた食事をして、入浴をして寝て。まあほんとうに、毎日が同じです。

ーなにか印象に残った出来事など、ありましたか、最近では。

うーん、そうですね。なんだろう。
数週間前に、友人の知り合いに会ったんですが。友人と出かける約束をしていて、出先でたまたま会いました。その方が、素敵な人でした。

ーどんな方でしたか?

その方は服を作っていて、ご自身で。友人とはその服を一緒に見に行ったんです。僕は服のことはよく分からないですが、その、ものが、とてもよく作られたものだと分かりました。そんなにお喋りな方ではなく、僕らの質問に答えたり、あれこれ試着していた様子を見ていただけで。彼の作った服に触れながら、彼と話していると、なんというかすごく感じるものがあったんです。

ちょっと、言い方が失礼かもしませんが、街ですれ違っても気に留めない感じの人ですし、飲みの席で会っても話していなかったと思います。その、たぶん現代にあまりそぐわない方です。それでいて、とても強そうな方でした。

ー強い、というのは、精神性のような。

そうですね。もちろん時間のかかる、大変な作業をお一人でやっているので、そういうタフさはたぶんお持ちだと思います。でも、なんというか、すごくしなやかな感じでした。きっと、僕とは全く違う暮らしをしていると思うんです。実際、山の方にお住まいがあるみたいなんですけど。その雰囲気があって。そこが根っこではないと思いますが。

ー素敵さは、憧れに近いような感覚でしょうか。

憧れか、憧れ。そうですね、それに近いと思います。あぁいいなあ、と思いましたから。良い服が作れるとか、山で暮らしているとか、そんなこともあるんですけど。その人自身の出で立ちというか、なんでしょう、何かを一から作り上げてここまで運んできたんだなと思って、そこに何かを感じました。

ーご自身でも、何かを一から作りたいと、思うことはありますか。

僕は、うーん、正直考えたことがないことです。作るなんて。作る人のすること、というか。生活するだけで精一杯かもしれないです。

彼を素敵だなと思って、こう、そういう感覚になったのも今思うと新鮮な感情かもしれないです。趣味とかもないですし。友人に連れられないと行かなかったような場所でした。まあ、その友人とは学生の頃に一緒に音楽をやったりしていて、ほんの少しですけど。強いて言うなら、うーん、音楽なのかな。でも、彼みたいに”何かを作り上げる”みたいなのは、僕にはちょっとハードに思えます。

 

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糸を束ねて編んでいく。袖から下ろしていく。

今朝、鶏が一羽いなくなっていた。

なんども数え直したが、そうだ。

肩口の構造を考える。縫い目をなくしたい。

午後は収穫に回らないと。

明日には天候が変わってしまう。

やはりカフスは蝶貝に変えようか。

次は手縫いの箇所をいくつか。

鶏はどこへ行ったんだろう。

 

 

-


僕は彼がどんな暮らしをしているのか、本当はもっと知りたい。
君が嗅いでいる匂いを知りたい。傍に何を置いているのか、どんな本を読んでいるのか。僕は今日の夜、餃子を食べたけど。君は何を。今この時間も何かを作っているのか。それは、どんなものなんだ。

君に言ってほしい。僕にも新しいものが作れるんだと。

僕に教えてほしい。君がどんなふうに生きているのかを。

僕にもなにか作れるだろうか。

新しいもの。

初めて見るものを。

誰かのためになり

言葉の代わりになるものを。

 

君みたいに。

 

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